Home > 特集企画 > 熊本地震2カ月 再春館製薬所とえがお、〝復興〟着実に

熊本地震2カ月 再春館製薬所とえがお、〝復興〟着実に

011.jpg 熊本地震で被災した地元の通販大手2社が"復興"に向け始動した。震源地の益城町に本社を構える再春館製薬所、えがおともに復興に向けた専任部署を立ち上げ社員の生活を支援する活動と並行して被災者に寄り添う。被災の当事者でもある通販大手2社は何を考え、復興に臨むのか。地域とともに歩む2社の取り組みを追った。
 震災から2カ月、熊本市街は落ち着きを取り戻しつつあるように見える。だが、震源地の益城町に向かうと爆弾が落ちたかのような光景が広がる。「熊本は地震に不慣れだが台風の通り道。台風に負けない重い瓦屋根が仇になった」。2度に渡る直下型地震で多くの家が押しつぶされるようになっていた。

再春館に励ましの声7000件

014.jpg その益城町に本社を構える再春館製薬所もコールセンターのつり天井の一部が剥がれ、製造工場はクリーンルームの壁が倒壊するなどした。余震のたびに"またくるのでは"という不安を抱えながらの業務。「建物は無事でも家の中はめちゃくちゃ、というレベルの被災は多くの社員が経験している」(再春館)。それでも震災直後から一人ひとりの社員が復旧に向けて、できることをはじめていた。

013.jpg 震災から数日で寄せられたファックスやメールによる励ましの声は7000件超。顧客サービスの早期再開をめざし、21日には約1000人いる従業員の半数が出勤。本社の修復や製造設備の点検など復旧作業を開始した。並行して一部の社員は5月の連休明けまでほぼ毎日、益城町総合体育館や小学校など避難所を回り清掃など支援活動に取り組んだ。

 震災からわずか10日後の25日にはコールセンターの営業を再開。現在、コールセンターは9時~21時の2交代制を敷く。

 通常業務(8時~22時・4交代制)には戻っていないものの、28日には西川社長が全社員を集め、非常事態から通常体制に戻ることを宣言した。

えがお、地域住民に社屋を開放

 市街の東区に本社を置くえがおもキャビネットが倒れ、建物のガラスが割れるなどした。

017.jpg 「九州の人は地震慣れしておらず、14日の前震で地震を怖がった近所の方が会社に入って来られ20人ほど泊まられた。業務を再開するため閉鎖しようとした16日にまた本震があり、今度は100人近い方が来られて動けなくなってしまった。それで近くの寮に住む社員が炊飯ジャーとお米を持ちより即席の炊き出しを行い、緊急避難所とした」(えがお)。業務の再開に向けて旧本社を避難所として開放、一方で18日にはコールセンターの営業を再開。段階的に商品の発送も再開し、5月13日に熊本県内全域への発送も再開した。

地元、当事者だからできる支援

012.jpg こうした中、熊本に拠点を置く2社は早くも復興に向けた活動に乗り出している。

 「地元だからこそすぐに足が運べるし、リアルな状況が分かる」。再春館製薬所では、「復興本部」を新設。社員の生活支援や地域への活動をサポートする。

 会社からほど近い益城町総合体育館には、今も1000人近くが避難。夏場に備え、避難者は空調設備の整った屋内に移動しているが「カーテンで仕切られたプライベート空間が確保された一方、ひきこもりがちとなり、"お邪魔します"と声がかけづらくなっている」(同)。日々変わる現場の状況を受け、部屋から出てきてもらうためのスキンケアの体験イベントや漢方講座、体操など新たなコミュニケーションによる支援を考える。

 会社としては、震災直後から駐車場や敷地を避難所として開放。5月には「『熊本城の復旧』が復興の明るい兆し、笑顔を取り戻す源になる」として、会社として5億円、会長の西川通子氏が個人で1億円を県に寄付している。益城町の給食センターが被災し稼働停止していることを受け、6月から社員食堂が益城町の小中学校全7校に給食支援も始めた。稼働停止で職を失った給食センターの従業員も雇用している。

016.jpg えがおも広報部のメンバーを中心に「しあわせ部がまだす課」(注・「がまだす」は熊本の方言で頑張れの意味)を組織し従業員による青汁の配布や炊き出しといった支援活動をサポートする。

 現在、避難者の数は約6000人(6月20日時点)。避難所は120カ所ほどで、数十人規模から大きなところで300~400人が避難する。炊き出しの時間、何食準備できるかによっても向かえる避難所は異なる。平日は、「しあわせ部」が複数の避難所を回り避難者や支援者らと会話をしつつ日々変わる情報を更新。週末は支援を望む従業員に避難所を案内する。

019.jpg 北野社長をはじめ1日で200人もの従業員が支援に参加したこともある。5~6人を1チームに1日で6~7カ所の避難所を回るなどして、これまで180以上の避難所をのべ約300回訪問。青汁33万袋の配布と12回の炊き出しを行ってきた。プロサッカークラブと連携してサッカー教室も行う。

 本社を置く東区からは今年4月、地域応援企業に認定されており、日頃から連携体制を築く。その強みを活かし、本社を緊急避難所とした際には支援物資の配給先に指定してもらうよう手配。区役所に避難者があふれ、り災証明など復興業務に支障をきたしていることを受けて旧社屋も指定避難所として開放した。

社員の生活支援「復興」を後押し

 「復興に臨みたいが自分が『被災者である』となってしまうと、どうしようとなってしまう。頑張っていこうという人がいれば前向きになれる。自分がどちらの立場を取るのかを考えると後者であるべきと考えた」(えがお)。震災の当事者でありながら、2社が復興に向かえる背景には、会社のサポートもある。

 再春館製薬所は震災直後に「社員とその家族の生活を守る」「お客様へのサービスを一刻も早く再開する」という方針をいち早く掲げ、被災した社員の寮への引っ越しや不動産会社の紹介、お見舞い金の振込み、独自の低金利融資制度を導入するなど社員の生活を支援してきた。また、小中学校が休校となったことを受けて従業員専用の保育施設を開放。子供を持つ社員が仕事に取り組める環境を整備するなどの取り組みも行っている。

015.jpg 西川社長も節目ごとに初出勤の社員やその家族、顧客、協力会社に手紙によるメッセージを発信。4月28日の「通常宣言」時には「地元である益城町・熊本への応援」という復興に向けた3つ目の柱を掲げ、社員と意識共有に努めてきた。

 「お客様の健康とえがお」「地域の社会貢献」「社員の幸せと成長」という3つの経営理念を掲げるえがおも震災以降、全社員を前にした朝礼で北野社長から「"一人ひとりが被災者だが会社が住むところ、仕事、食べるものは用意する。避難者の方は帰ることがなく仕事をなくした人もいる。被災者にならず、できることをすることが大事"という話があった」(えがお)という。このことで、「(復興に向かうという)会社の存在意義、経営理念に立ち返れた」(同)と、当時を振り返る。えがおも社員食堂の一角に臨時の「えがお小学校」を開校して、子供を持つ親が働きやすい環境を整えた。

被災者に寄り添い、地域と歩む                              

018.jpg 「これまでも熊本に育てられた企業であることは言葉、理念としては理解していた。けれど(今回の地震を受け)それを身をもって感じている」。毎日のように避難所を回り、避難者との対話する再春館製薬所の社員はこう話す。これまではイベントなど企業を通じた接点が中心。社員一人ひとりが地域の人と直接接点を持つことは少なかった。だが、足を運び続けることで徐々に同じ地域に暮らし、被災した当事者同士だからこその会話が生まれるようになったという。

 えがおも県内の顧客に手紙で"なんでも相談してください"と発信する。水、毛布が欲しい、片づけるダンボールが欲しいといった要望に応え、リフォーム会社の紹介や、実際に自宅を訪ねて掃除の手伝いもする。

 地域とともに生きる通販大手2社が、地元企業だからこそできる取り組みで復興をめざす。

Trackbacks:0

TrackBack URL for this entry
http://www.tsuhanshinbun.com/mtos-admin/mt-tb.cgi/3467
Listed below are links to weblogs that reference
熊本地震2カ月 再春館製薬所とえがお、〝復興〟着実に from 通販新聞

Home > 特集企画 > 熊本地震2カ月 再春館製薬所とえがお、〝復興〟着実に

Amazon出品サービス
Search
Feeds

△ ページtopへ